2020/09/03

日本遺産「牛久シャトー」探訪

今日は、最近日本遺産に選ばれた茨城県の観光名所「牛久シャトー」を見てきた。
私はそもそも牛久ワインとはどういうものなのかも知らないのだが、牛久シャトーというのはあるのだという。
駅のエスカレーターをあがり、改札を出ると、牛久大仏のボードがあった。
牛久大仏の方が有名ということだろう。
しかし駅構内では、祝・日本遺産と書かれたポスターや、牛久シャトーで街おこしと書かれた貼り紙も見かけた。


牛久駅改札前牛久大仏案内板


駅から歩いて15分ほど、牛久シャトーは市役所の裏手にある。
牛久市役所の駐車場を横切り、裏の公園を抜けるとその先に新興住宅地がある。
その路地を少し歩くと、古びた洋館が木々の向こうに紛れて見えるのだが、それが牛久シャトーである。
ただ、これが日本遺産だと言われても、新興住宅地の目と鼻の先にある洋館なのでピンと来ないだろう。


牛久シャトー正門前神谷記念館入口


私は敷地内に入り、手入れの不十分な洋風の庭園を歩いた。
庭園には数人しか歩いていなかった。
噴水の向こうの色褪せた赤レンガの醸造所内へ。
中は少しほこりっぽく、倉庫の匂いがするのだが、1階は巨大な木樽が並んでおり、角まで歩くと古びた階段があった。


牛久シャトー正門前神谷記念館1階




階段を下りて地下に入ると、暗くて不気味な空間が地下全体に広がっていた。
私はわずかな明かりをたよりに1人で、小さな木樽が並ぶ狭い通路を奥の方へと進んだ。
奥は行き止まりで目ぼしいものはなく、来た道を戻ることにしたが、戻る途中でゴーゴーと機械音がする方向へ歩いた。
ガラスの向こうに大きなステンレスタンクが何個か見え、それが地下に鳴り響く音の原因だと分かった。
そこはビール工場の一室のような感じもしたが、まるでバイオハザードのワンシーンのような無機質無人の特殊な部屋のような感じもした。
これまで歩いてきた暗い場所よりもさらに不気味な場所だった。
私は、地下空間の不気味さに耐えかね、階段を上がることにした。
階段をそのまま2階まで上がると、そこは牛久シャトーの創業者神谷伝兵衛の資料室であった。
大きな窓がいくつもあり、そこからさわやかな陽光が差し込んだ。


牛久シャトー正門前神谷記念館2階ハチブドウ酒


資料室の壁かけの案内板を見ると、ここの一部の建物(貯蔵庫などの3棟)がすでに2008年には重要文化財に指定されていると書いてあった。
また、2011年3月11日の東日本大震災でこの建物が被害を受けたと書いてあった。
すぐレンガを交換するなどして修繕したようだが、なるほど、建物の見栄えが悪いのもそういう事情だったのかと納得した。
が、全ての空き家の宿命がそうであるように、全ての建物は単に人の出入りがなくなったらさびれてしまう。
私は、その方が切実で重要な理由だと思えた。


牛久シャトー正門前神谷記念館2階昔の記念写真


資料館の片隅にシャトーカミヤ(牛久シャトー)の全盛期のモノクロ写真が飾ってあった。
時代は流れてシャトーカミヤはすっかり輝きを失ったようだ。
街おこしの効果を、古びた牛久シャトーに期待するのは難しいのかもしれない。

と思ったが、、、おお、集合写真の隣に全盛期の岩下志麻の写真がある!!
これは、お偉いさんたちの集合写真なんかよりも、圧倒的にイイではないか!!
日本遺産牛久シャトーの見所は、神谷伝兵衛資料館のこの岩下志麻の1枚の写真、これで決まり。
ああ、岩下志麻、見れば見るほど、美人だなあ(*'ω'*),,,


岩下志麻