2020/11/20

地域おこし協力隊の青年

牛久駅前ロータリーの稀勢の里の手のひらの記念碑


こないだ書いたように、9月に近所の牛久シャトーを初めて見に行ったが、日本遺産なのにずいぶんさびれているところだなあ、と思った。
牛久シャトーから駅前まで歩くと、再開発ですっかり駅前がきれいになっており、稀勢の里の手形の記念碑などもあるのだが、公共事業の立派な残骸はたくさんあるということなのだ。
しかし、肝心のその周囲のビルは空き物件が目立ち、冬の寒い風が冷たく感じられるのだった。

そういえば2月東京で、地方創生のイベントがあったんだった。
私はそこで地域おこし協力隊の隊員の青年と話したことを思い出した。
イベントでプレゼンテーションをした人たちのなかに、Sさんという桐生市の地域おこし協力隊の隊員をしている青年がいた。




桐生市といえば去年の一泊した観光地だ。
わたらせ渓谷鉄道の冬のイルミネーションも見たのだが、途中に温泉施設付きの珍しい駅があり、そこで温泉に入り、イルミネーションを見たり、くつろいだりしたのを思い出した。
わたらせ渓谷鉄道は、桐生市周辺から、田中正造で知られる足尾銅山の方へ走る山岳鉄道である。
とにかく、夜は正真正銘の真っ暗で、何にもないところを走っていた。




「Sさん、地域おこし協力隊って何です??」
「移住して町おこしを手伝うと、毎月少しだけ行政からお金がもらえるんです。」
「なるほど、プチ公務員みたいなもん?? 桐生市にひとり住まいですか。」
「はい。」
「桐生市なら去年旅行に行きました。名物のひもかわが、おいしかったなあ。」
「あれはおいしいですよね。」
「わたらせ渓谷鉄道で、温泉がくっついている駅まで行きましたよ。ええと、どこだっけ。」
「水沼駅です。私はその近くに住んでます。」
「あそこは何にもなくて、のどかで良いところですよね。」
「ですね~、本当に何にもない。」




ふる川のひもかわ


ふる川のひもかわ


Sさんは都内で仕事をしていたが、退職後、桐生市に移り住んだ。
市役所から毎月定額をもらい、町おこしを手伝いながら自分のやりたいこともやれる。
最近空き家を買い、リノベーションをして民泊の施設を開こうとしている。
ただ、業者に頼む資金はないので、自力のリノベーションである。

私たち参加者は、おもしろいアイディアを提案するため、プレゼンした人を囲んで意見を言い合うのだが、Sさんの順番になった。
他の参加者たちが手探りで質問を投げかけていくなかで、私はうっかり、Sさんに根本的な疑問を投げかけてしまった。
隣の女性から集客方法を問われたSさんだったが、集客方法はまだ考えていないということだった。
私はじれったくなり、集客方法をよく考えないと、きれいなホテルではないし、観光地でもないのだからお客さんが来ないのでは、と思わず言ってしまった。
たぶん他の参加者たちも同じ思いでSさんの話を黙って聞いていた。
実は、このディスカッションは、否定的なことを言わない約束で成り立っていたのだ。

しかしその後は、私が否定的なことを言ったためか、堰を切ったように他の参加者たちもSさんに次々と厳しい質問を投げかけた。
頼りないSさんに対する愛のムチのようでもある。
Sさんはたどたどしく、同じような話を繰り返した。
時間が来て私たちは次の場所へ移動した。
私は、Sさんに申し訳ないことをしたなと思ったが、他方で、この地域おこし協力隊は私にはあまり好感が持てない制度になった。

地域おこし協力隊のもらえるお金は、過疎と高齢化に悩む地方の町が若者に支払う移住のインセンティヴである。
若者から老人にお金が流れるばかりの日本社会で、老人から若者にお金が流れる仕組みを狭い場所で作っている。
だが、老人の町で暮らす独身の若者のインセンティヴとは何だろう。
老人たちが生きているうちは、介護の仕事くらいしかなさそうだし、早晩老人たちがいなくなることは確実なのだから、その後、彼の周りに何が残るのかが重要な問題だ。
いや、そこを考えるのが地域おこしなのです、と言われてしまいそうだが。
彼のもとにはリノベーションした民泊施設が残るのだろうが、彼の周りには何もない、というようなことにならないだろうか。