取手駅前で小さな喫茶店「SOYA」を営むOさん(30代、男性)は読書家である。
買い物帰りに立ち寄ると、カウンター席で熱心に本を読んでいたりする。
こないだは、テーブル席に読みかけの宅建の問題集が置いてあり、見せてもらうと賃貸借の条文が書いてあった。
私はOさんに受験予定なのかと聞いた。
すると、Oさんは、受験勉強はしていません、眺めているだけです、と言った。
なるほど、眺めるだけか。
しかし、この廃墟のような駅前物件の1階を自分でリノベーションした彼には不動産屋の才能があるように思えるのだが。
後日、宅地建物取引士(不動産屋の資格)の試験科目を調べてみた。
民法、不動産登記法、借地借家法、区分所有法、建築基準法、宅地建物取引業法、なるほど、宅建の試験科目は事実上、民法と不動産登記法の2科目だけだ。
それ以外の科目は簡単で、すぐ試験対策が終わるだろう。
学生時代、私の友達が、1週間勉強して合格したといっていたので、国家資格の中では比較的やさしいのであろう。
ただ、いまは当時より難しくなっているかもしれないが。
数日前、久しぶりにOさんの店をのぞいた。
その日はばかに暑くてジュースを飲みながら、1時間ばかりOさんと雑談したが、その間、テイクアウト用の窓口から近所の人がOさんに次々と声をかけてきた。
おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんのほか、学生や若いOLなどが数人、顔を出して、ひと言話して、去って行った。
たいしたメニューはない店だが、彼は人柄がいいので、つい話しかけたくなるのだろう。
そしてきのうもまた、私はOさんの店に立ち寄ったのだが、きのうは何と行政書士の参考書がカウンターに置いてあった。
宅建ではなく、もっと難しい行政書士を目指していたのか、と聞くと、こちらも眺めているだけで受験勉強はしていませんと、Oさんはまた同じセリフを口にした。
しかし、宅建にも行政書士にも興味がないのに、どちらの参考書も問題集も置いてあるというのは、どう考えてもおかしいと思うのだがね。
それじゃあ、とカバンから2冊の本を取り出し、私はOさんに差し出した。
FP3級の参考書や問題集。
以前、FP2級に受かった友人から、ただでもらったものだ。
書き込みもなく、新品同様の2019年度版だが、私はだいたい知っているので書棚に眠っていたのである。
でも、読書家のOさんなら、と思って持って来た。
「Oさん、もし良かったら、これあげますよ。」
「へ~、今はやりのFPですね。」
「ええ。もらいものですが、書斎においといても仕方がないので。」
「もらっていいんですか??」
「どうぞどうぞ、暇つぶしに読んで。」
「ありがとうございます、あとで読んでみます。」
彼は早速、その本を店の本棚に並べた。
その時、ああ、もしかして、と私は思った。
宅建も行政書士も、きっと、私と同じように近所の通いの客からもらった、不要の古本なのではないか。
読書家の彼は、客がいない間、手に取り、本当にただ暇つぶしに眺めているだけ、ということである。
まあ、それが本当のところなのかもしれない。