去年の夏のことだが、私は女友達のTさんと一緒に横浜まで日帰り旅行にいってきた。
Tさんは会社勤めのごく普通の女性であるが、厳格な両親に育てられ、いまも実家暮らしで門限がある。
彼女と私は本の貸し借りで親しくなったが、私はTさんに対し、その気がないのだ。
もちろんTさんもそれは心得ており、お互い単なる趣味の友達として雑談とか、お茶とかをする程度の関係である。
さてここにスーパー銭湯「万葉俱楽部」のペアチケットが余っている。
私は誰と行こうか考えた。
男友達と行くと湯船まで一緒だから、ひとりでゆっくりできないなあ、、、
おお、そうだ!!
Tさんなら、ちょうどいい。
横浜みなとみらいの駅に私たちはお昼前に到着。
改札を出て、インターコンチネンタルホテルに入った。
最上階の中国料理店「かりゅう」へ。
ここは料理もおいしいが、何といっても見晴らしがいい。
私たちはカップルとみなされ、窓辺のテーブル席に案内された。
注文はアラカルトで何点か。
しかし、ボリュームがあって、私たちはお腹いっぱいになった。
食後はホテル2階のショップで、おみやげを買った。
その後、ラウンジで定番のミニコンサートが始まり、私たちはソファーに座って聞いていたが、眠くなるといけないのでその前にホテルを出た。
スーパー銭湯「万葉倶楽部」には歩いて十分ほどで到着。
向かいのカップヌードルミュージアムも混んでいるが、万葉倶楽部の正面玄関にも長い列ができていた。
入場後、私はTさんとすぐに別れた。
のんびり広い風呂に入り、久々にサウナにも入った。
露天風呂では景色を眺めたり、ボーッと目を閉じたりして過ごした。
1時間後、館内の大衆食堂で待ち合わせた。
刺身定食のタダ券があるので、刺身を食べビールを飲み、世間話をして帰るつもりだった。
が、私たちはお座敷席に座り、注文した刺身定食をじっと眺めた。
「お腹いっぱいで、食べたくない。。。」と彼女。
「もったいないから、刺身だけでも食べて帰りましょうよ。」
つまをどけて、刺身だけをつまみながら、私たちはビール片手にしばらく話した。
「パパは今夜、家にいるんですか??」
「今日は残業なしだから、夜はいるはず。だから、ママはご機嫌斜めなのよ。」
「そうですか。早く食べないと門限を過ぎてしまいますよ。門限は何時ですか??」
「9時半。ママにメールしておかないと。何て言おうかな。」
「風呂に入っていて遅くなる。」
「それはちょっと、、、」
「本当のことですよね。しかし、ご両親は、いつまであなたの門限を続けるつもりなんですか??」
「死ぬまで、かな。」
「両親が死んだら、あなた、どうなるの??」
「家が広いので困るわね。」
「家が広くて遺産もあって、困ると言うのもよく分かりません。」
「というと??」
「あなたはいろいろな男からプレゼントをもらったり、モテるほうですよね。実家で何の不自由もないし、あなたを羨ましがる女性は周囲には多いと思います。」
「あのね!! そういうことではなく!! 女一人で最後まで人生を生きるのは大変で困る、ということです!!」
「な、なるほど。」(そうだよなあ、、、)
だから彼女は事あるごとに私にこう言うのだと思う。
親が死んだら、あなたに資産管理とか資産運用とか、そういうことを代わりにしてほしいのだけど頼めるかしら。
これはビジネスであり、コンサルタント料はきちんとお支払するから。
しかし私はTさんに対し、その気がないのだ。
Tさんのほうもそれを心得ており、私たちは単なる趣味の友達だ。
したがって、彼女は私のことがかえって信頼できるのだと思う。
ただ私は、相談には乗ってあげたいが、あまり立ち入ったことはしたくない。
さて、刺身の数は減らないが、そろそろ出発しないとまずい時間だ。
時計を見て、私のほうがあせってきた。
いま、お座敷席にいる私はTシャツと短パン姿、すぐにでも出発できるのだが、彼女は万葉俱楽部のゆかたを羽織っており、更衣室で着替える必要がある。
それにしても、私たちのすぐ横の通路を、ひっきりなしに男性客が歩いている。
私は今頃になって気付いた。
彼女のゆかたの着方がだらしなくて、下着がよく見えているのだ。
私は彼女に言った。
「あのう、すみません、、、」
「なあに?」
「Tさん、通行人からよく見えているので、ゆかたはきちんと着るほうがいいですよねッ!!」
すると彼女は下着が見えていることに気付いてすぐ服を直したが、とくに何の返事もせず、それ以上何とも思っていない様子だった。
彼女は現代的で、結婚願望がなく、仕事と趣味中心で生きている。
これからも独身のままか、あるいは彼氏ができても結婚はしないのではないか。