これはだいぶ前の出来事だが、忘れないうちに書いておこう。
2019年1月。
日比谷ミッドタウンのレクサスカフェのカウンター席で、ランチを食べようとしていたところ、私は突然、隣の女子から話しかけられた。
彼女はHさんと名乗った。
S大学の学生証を所持しており、大学4年生なのだが、卒業前なのにまだ就職が決まっていないというのである。
最初私は、何の用件かと思いながら彼女の話をおとなしく聞いていた。
しかし、この時の私はたまたまスーツを着ていただけなのだが、どうも彼女は私をどこかのベンチャー企業のお偉いさんと思って就職先のあっせんを期待している様子なのだ。
それにしても、たまたまカフェで隣り合った赤の他人に仕事をくれとは、何たる唐突の話か!!
彼女は話し続ける。
私はランチセットに手を付けられない。
私は彼女の身の上話まで聞き、困ってしまった。
会っていきなり、いろいろ言われてもねえ、、、
いや、待てよ、これは逆ナンの新しい手口なのか(*'ω'*)!?
そのうち彼女は、自分は美術館巡りが趣味で、これから三菱一号美術館に行きたい、行き方を教えてほしいと言い出した。
三菱一号館美術館の行き方って、、、そんなの、ここから歩いてすぐじゃないか。
しかも、道が分からないという彼女が、かばんから取り出したのは三菱一号美術館のパンフレットなのであった。
彼女はパンフレットを私に見せ、行き方を教えてほしいというのだ。
う~ん、なんだかなあ、、、
パンフレットの裏に詳しい地図が書いてあると思うのだが。
私は裏返して地図をなぞって彼女に丁寧に道を教えた。
すると彼女は明るい声で、今から歩いて行ってきます、と言って店を出て行った。
いやいや、これは新年早々、かなり、意味不明な出来事だ、、、
ここでようやく私はランチを食べることができた。
食べながら、私は彼女の名刺を眺めた。
実は彼女は去り際、就職活動用の名刺を私にくれたのだが、、、そこにはとても気になる肩書が書いてあったのだ。
3月。
私は彼女にメールをした。
名刺には「〇〇〇出版代表」と書いてあり、まだ彼女は起業したわけではないが、もしどこにも就職できない場合は起業して出版社の社長になると言っていた。
ようするに私は、名刺に書かれた出版社を実際に始めたのか、と彼女に聞いたのだった。
数日後、彼女から弱気な返事があった。
毎日家にいるという。
まあ、漫画家志望なので、もともとひきこもり体質なのは分かるが、、、この人、大丈夫かしら(*'ω'*)??
その後はあちらからメールが届くようになり、その内容から、本当にひきこもりになり得る、と思えた。
そこで私は、彼女に対して企業イベントに行かないかと誘った。
3月ギリギリなので、企業側も何でもいいからとにかく人がほしいと思っていたりすると、うっかり彼女を即採用とするかもしれないではないか。
イベントで名刺を配り自己アピールをするといい。
それにもう1つ重要なこと、それは、いまの彼女にとって単に外出することが精神的な薬になるということであった。
女子大生が出版社を始めるというのですから、みなさん、興味を持ってくれると思いますよ~♪♪
3月のある朝、私たちは新橋駅で待ち合わせた。
東京ビックサイトまでゆりかもめで一緒に行った。
私たちは混雑する狭い車内で雑談した。
やっぱり漫画家になりたいです、と彼女は熱っぽく言った。
それならば、どこかに就職でもして働きながら地道に漫画家を目指せばいい、と私が言うと、彼女はそもそも、あくせく働きたくないという趣旨の、投げやりな受け答えをした。
な、なるほど、、、年頃の彼女の気持ちはよく分かる。
しかし就職活動中の学生には好ましくない受け答えで、聞いた方はいい気分はしなかった。
少し悪いムードでビックサイトに着き、私たちは企業ブースをいくつか回ったり、セミナーを聞いたりした。
しかし彼女は、私以外の他人と話すときは終始挙動不審なのである。
何だかおかしい。
彼女には何か秘密がある。
そう思うようになった私は、駅までの帰り道、彼女に質問を投げかけた。
すると、そこでようやく彼女は、自分にはコミュニケーションの病気(障害)があると打ち明けた。
ああ、そういうことか。
これまでのやりとりも納得できる。
でも、どう接していいかよく分からないな、、、
さて4月になった。
テレビニュースを見ると入社式入学式の話題ばかりだが、彼女は依然として何もする気がないようだ。
そして、自分はコミュニケーションに問題があるから一般企業はむずかしい、これからは施設に通うことになる、一生暗い人生になるに違いない、などと暗いことを言うのである。
彼女の境遇の詳細は不明だが、私は何となく、病気だけではなく家庭の事情もいろいろあるのではないかと思った。
まあ、それはともかく4月下旬、気晴らしになると思って私は、彼女をコンサートに誘った。
毎年4月恒例のトヨタマスタープレミアムコンサート。
私たちは夕方、初台駅で待ち合わせ、東京オペラシティーへ。
美術館などを回って時間を潰した後、比較的安い店のある地下1階のグルメ街に降りて行き、1000円台のセットメニューのある和食店を選んだ。
夕食後は、上階のタケミツメモリアルへ。
武満徹のレリーフの前で記念写真を撮り、ペアチケットの指定席を探した。
ええっと、、、
私たちの席は、カップル向きのすみっこの席だった。
そこは舞台を見下ろせる絶好の場所。
開始まで私たちは、たわいのない話をして過ごした。
コンサートが始まった。
私は楽しいが、クラシック初体験の彼女は退屈そうな表情に。
そのうち彼女は隣で寝てしまった。
まあ、初めてでは仕方がないか。
コンサートの前半が終わり、私たちはラウンジに出た。
私がコーヒーを飲んで休んでいる間、彼女はトイレで化粧直しをしてきた。
そして戻って来るなり彼女は、もう外に出たい、と言った。
これに対し、私は、彼女が何事にも我慢強くないことに腹が立ってきて、ワガママな彼女に対するこれまでの不満もあって、冷たくこう告げた。
クラシックのコンサートは最後まで聴くものです。
私は後半も聴きたいので帰りません。
退屈ならあなたひとりで帰ったらどうですか。
すると彼女はハッとして、すみません、と小声で言うと、かばんを持って本当にすぐ帰ってしまった。
それは、あっという間の出来事だった。
私は冷たいことを言ってしまったなあ、と反省したがもう手遅れ。
というわけで、後半は結局、私ひとりで席に戻りアンコールまで聴いたが、それでも彼女は帰り際、お菓子のプレゼントをポイと私に渡して去っていったのだ。
素敵な袋に貼られたシールには、よく見ると「especially for you」と書いてあった。
コミュニケーションというのは実に難しい。
相手が悲観したり、投げやりなことを口にすれば、こちらも自然と気分が悪くなる。
だから、些細なことがきっかけで、つい冷たいことを言うときもあるわけだが、今回の私の場合、それは非常にまずかった。
彼女は就職活動がうまくいっておらず、引きこもりになりかけていた。
厳しい状況で、ともすれば悲観的になりがちな彼女に対し、私は優しく辛抱強く、何度もていねいに話しかけるべきだったのだ。
それに、彼女のワガママを、私は正論のようなものをふりかざして退けるのではなく、そのまま受け入れるほうがよかったと思う。
いやいや、もう手遅れ。
それなら、この教訓を、次回誰か(??)に生かせるとよいのだけれど、、、
コンサートが始まった。
私は楽しいが、クラシック初体験の彼女は退屈そうな表情に。
そのうち彼女は隣で寝てしまった。
まあ、初めてでは仕方がないか。
コンサートの前半が終わり、私たちはラウンジに出た。
私がコーヒーを飲んで休んでいる間、彼女はトイレで化粧直しをしてきた。
そして戻って来るなり彼女は、もう外に出たい、と言った。
これに対し、私は、、、
クラシックのコンサートが初めてでは退屈ですよね。
実は私も最初の頃は聴いててとても退屈でしたから、あなたの気持ちはよく分かります。
私は後半の曲目は聴いたことがあるので、前半を聴けばもう十分です。
今日の私はあなたのためにここに来ているのですから、退屈ならどこか別の場所にいきましょうか♪